松本滞在記二〇一五

2016年2月3日 - text / WORKS

/text /2015 /松本(工芸の五月 現在民藝館)


毎年5月はプロジェクトのため松本に滞在している。展示とは直接関係がないのだけど『松本滞在記』と称した日記を付けるのが恒例だ。日記だからそんなに内容も目的も無いのだけど、一年後に読み返して見ると色々な発見があっていい。
それと、かなりローカルなところやことを経験しているので、その辺の観光雑誌やウェブマガジンよりも訪れる際には役にたつんじゃないかと。


松本滞在記1日目
今年で7年連続です。もしかしたらゴールデンウイークは一生松本で過ごすのかもしれません。そろそろ松本にGWhouseを作らねばと思いながらドラえもんカーを快調に走らせて松本に到着。荷物をさっとおろし、燕(つばくろ)という、松本の友人がやっている古道具屋の倉庫が四賀村にあって(市街地から車で30minくらいのとこ)そこの解放販売をしているということで、向かう。道中あまりに何もなくて、本当にこっちでいいのか不安になったけど、無事に到着して、良さげな家具を展示用に借りる。市街地に戻ってきて松本の母と合流し、一緒にかつ玄というおいしいトンカツ屋さんへ。早めに滞在先に戻り、銭湯で温まり、作品を制作する。明日からはいよいよ空間作りが始まる。

松本滞在記2日目
朝の9時起床。近所のパン屋が定休日だったため、パンセ小松といういつものパン屋で朝食を調達。クリームパンがおいしいからそれを買ったつもりだったけど、朝だったからお店の人も慌てていたのか、はたまたこちらが取り違えただけなのか、クリームパンだと思って食べるとあま〜いジャムパンでした。会場に到着し、おんぼろで朽ちてしまっていた木戸からまずは直す(作品には関係ないです)掃除をしたり、並べたり、手紙を書いたり。そうこうしていると、東京から狩野哲郎くんが松本にやってきたので、展示作業を手伝ってもらう。先が見えたところで今年初の8オンスへ。おいしいスパークリングワインがボトル1800円で飲めるので、真似しようと思ってもやっぱりかないません。倉沢さんとも合流し、2件目へ。30歳にもなると、酔っ払って政治の話をしたりするようにもなります

松本滞在記3日目
9時前起床。朝は近所のパンと、狩野くんの那須お土産の1988 CAFE SHOZOのサードウエーブ風ローストコーヒー。引きつづきの展示作業と作品の中心を担う「手紙」の発送を行う。
夕方、映像作家の山城大督ファミリーが訪れる。展示作業が終了したので、今日も8オンスへ。その後食事中の山城ファミリーと合流。解散したのち、明日用の水出しコーヒーを仕込みをしたり。明日4月29日から、いよいよ現在民藝館2015が始まります。29日は14:00から、LPACK×山城大督×狩野哲郎。

松本滞在記4日目
2015年も現在民藝館が開館しました。一番最初の来館者は、前日の夜、街で偶然出会った青年。「民藝」のことは詳しくない、というか何も知らないという感じだったけど、コーヒーを飲みながら話をしていくうちに少し興味を持ったようだった。多くは話さなかったけど、「どんな」ところに興味を持ったのだろうか。最後に「写真を撮っていいですか」と言って写真を何枚か撮っていった。その間、地元の新聞社の女性も訪れた。僕たち2人は、本を読んでいる姿を写真におさめてもらった。会話をしながら、今ここで僕たちがやっていることはなんなのか、頭の中を整理するが実はまだ整理がついていない。青年もその女性記者から幾つかインタビューを受けていた。黒部ダム帰りにバイクで松本を訪れたその青年は、インタビューを受け終わると、大きなリュックを背負って去っていった。午後からは美術作家の狩野哲郎氏と映像作家の山城大督氏と公開対談を行い、その後集まっていた人たちとお酒を交わしながら話をすることができた。信州大学の金井直氏や都市計画家の倉沢聡氏、陶芸家の田中一光氏など。東京からはデザイナーの中西要介氏も来てくれていたけれど、全然松本を紹介することができず、残念なことをしてしまったと反省する。

松本滞在記5日目
開館2日目。平日ということもあり、静かな時間が流れている。中嶋は、前日の対談の文字起こしをしている。時折、知人や毎年展示を見に来てくれている人たちが訪れてくれている。
「現在民藝館」の見方、楽しみ方をなんとなく知っている人たちは、コーヒーを飲みながらみんなそれぞれゆっくりと過ごしている。驚く人、感心する人、興味を持ってくれる人、黙って見ていく人。それぞれの反応は様々だ。陶芸家の田中一光氏からビールの差し入れを頂く。さらに夕方、家の主人の池上さんから、素敵な差し入れが。庭で収穫し、美味しく調理した料理の数々。クレソン、わさびのおひたし。ちりめん山椒とふきみその巻き寿司。ヨーグルトに自家製ベリーソースをかけたデザート。近所のおばあちゃんがつけた漬物。ちまたでは「上質な暮らし」と呼ばれるものが流行っているけれど、この土地、ひいては日本には、ずっと昔から上質な暮らしがあったのです。それはスタイルとかではなく、知恵と経験の積み重ね。まいにちまいにち繰り返し繰り返し行ってきたこと。習慣。柳宗悦が「見ること」の重要性を言い続けてきたように、意識しなくなるまで何かを繰り返し行うこと、掘り下げていくことがこれからの時代を生き抜く重要な一要素になる。と思うのである。閉館前、信州大学の分藤大翼先生がいらして少しお話しをさせて頂く。そして、今回の作品のキーである「手紙」の最初の反応が飛び込んできた。

松本滞在記6日目
前日の続きから。
東北福祉大学内にある芹沢銈介美術工芸館の学芸員の方から電話での連絡が入ったので、折り返し電話をかけてみる。芹沢銈介の長男、芹沢長介氏が初代館長として開館した同館は、芹沢銈介の愛する仙台の人たち、東北の人たちに、彼が収集していたコレクションを見て欲しいという思いで建設されています。現在の館長は、東北福祉大学の荻野浩基学長が兼任している。つまり、〈専門ではない〉人が館長についてるという現状です。(学長の専門は福祉)それがどういう意味を持っているのか。そのことが頭の中を巡っている。

松本滞在記7日目
なんと松本民藝館館長の田中有規子氏が来館してくれた。興奮を隠しながら、椅子に座り1時間以上も話をすることができた。「民藝をどう現在と接続するか」このキーワードが共有できてとても有意義な時間だった。都市計画家の倉沢聡氏が、後輩にあたる東京大学都市デザイン研究室の学生たちとともにやってきた。先輩へのインタビューを、現在民藝館の館長室で行っていった。夕方、友人が横浜からやってきたので8オンスへ。からからの喉にビールを流し、みんなが待ち望んでいた蕎麦屋の吉邦へ。日本酒、馬刺しの片焼き、山菜のてんぷら、塩辛、もちろんそばとたらふく味わう。3軒目にはGIVE ME LITTLE MOREへ。オープンして2年のバーも、なんだかだいぶ様になってきたような空気感だった。そのタイミングで東京から写真家の武田陽介氏も松本へやってきた。松本市美術館で工芸の五月の期間中、ZINEのワークショップスペースを展開するZINGの朝麻くんのセレクトする音楽を聴きながら、deepな松本の夜を楽しむ。

松本滞在記8日目
朝起きて、公衆温泉へ武田氏と3人で向かう。湯上り後、松本にきて7年間入れなかった、そばとラーメンをセットで楽しむ店「みやま」にて、朝食にそばとラーメンをそれぞれ食べる。
ラーメンは昔ながらの中華そば、そばは喉越し良くどちらもとてもうまい。現在民藝館はGWの本番らしく、終日来訪者が絶えずの状況が続く。人が去った後、友人たちと、柳やリーチ、浜田たちがしていたように、集合写真を撮っておこうといって、通りすがりの見知らぬ人に写真を撮ってもらう。この写真が、未来の民藝誌に掲載されているかもしれない。夜はコーヒーの焙煎を4度行い、別イベントの打ち上げに顔を出す。終わりの時間に顔を出すだけだと思いきや、しっかりと僕たちの料理ものこしておいてくれていて、さながらわんこそばのように、しゃぶしゃぶをしゃぶしゃぶさせてくれず取り皿の中に次から次えと放り込まれていく。「いやいや駆けつけ三杯」といってどんどん飲まされ、あっという間によっぱらいの完成となってしまった。出汁が十分でたスープで作るそばのみ雑炊がおいしくていまでも忘れられない。滞在先に帰り、深夜まで武田氏と議論をおこなう。

松本滞在記9日目
夕方、FMまつもとのラジオ番組に、都市計画家の倉沢聡氏とともに出演した。声だけで何かを伝えるラジオは、じつは最近とても興味がある。最近はもっぱら「バナナマンのバナナムーンゴールド」を聞いて会話の流れや質を勉強している。勉強の成果はというと、多分3年前とかよりは話せるようになったと思う。あっという間に終わってしまったので、いつかラジオ番組をしたい。

松本滞在記10日目
東京から、愉快な兄弟がやってきた。長男は来年小学生、次男は2歳。バカである。次男は長男の真似をする。なんどもなんども真似をする。兄弟って素晴らしい。かわいい。入れ違いで横浜から女の子もやってきた。この子も来年小学生。僕たちの作るいろんな場所に来ているので、空気がわかると歓喜の雄叫び。かわいい。近所の老舗人形店べらみから、毎年楽しみにしてくれているおばあちゃんがやってくる。綺麗な白髪と曲がった背中、毎日素敵な和服を着ている。かわいい。今日はかわいいに囲まれた一日。そういえば本家の日本民芸館では、深澤直人館長が「かわいい」を基準に収蔵品を選び展覧会を開催している。あちらの館長さんもなんとかして「現在」と「民藝」を接続しようとしているのだろうか。「かわいい」は素敵だ。

松本滞在記11日目
今年の現在民藝館も今日で最終日。館長室には今日も賑やかな声が響いていました。「現在民藝」というワードを切り口として「なにか」について語り合う時間。そして、送った手紙の返事を「待つ」時間。返事を期待して何度か訪れてくれる人もいたりして、今年の池上邸の蔵は、僕たちがこれまでここで作ってきた「静寂」をもった展示とは違い、どちらかというと普段のLPACK的なのんびりとした時間が終始流れている。その大きな要因はベンチとテーブルで「居場所」を作ったこと。「見る」ではなく「居る」をつくる僕たちのライフワーク。それが、僕たちが目指す先への行き方。夕方からは近所の電気屋アワーズウシマルさんからもらった純米吟醸の一升瓶を飲み干す会を開いて今年の現在民藝館を終える。

松本滞在記12日目
片付けの日。
制作している時よりも片付けをしている時の方が『仮設的に場ができていた』ことをより感じる。そして、その場がどうであったかフィードバックする。普通の建築家はこれを自分ではやらない。作った本人がその場にいるので効率が悪いので当然誰もやらないだろうけど、LPACKを初めて8年間このやり方でやってきた経験は確実に僕たちの力となっている。この経験があることで、僕たちが『いない』場所の作りをLPACKらしく考えることができる。他人事のようだけど、LPACKの可能性がこれからも楽しみだ。昼食は、ここ数年定番の翁堂ポークステーキランチ打ち上げ。なんか今年も都市計画家の倉沢聡氏に滞在中何度となくおごってもらってしまって恐縮してしまうけど、例年通りポークステーキもおごってもらう。蔵に戻り片付けを再開しようとすると、池上さんがなにやら持ってきてくれた。手紙だ!手紙の返事が返ってきた!驚いて歓声をあげた。展示としての現在民藝館2015の終了と同時に、新たな現在民藝館2015が始まった。これからどうやって世界と現在民藝館を共有していくか。まずは、構想中の書籍を最高なかたちでつくり上げよう。


松本滞在記2015 2015年4月26日〜5月7日

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